親の気づき・子の想い


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声を出して泣いたのはいつ?

28才   女性
 今回は子育てを通して、ちょっと忘れかけた自分の出来事を振り返ってみました。私には3才の息子がいます。息子は1日中、転んだ、気に入らないなどと、しょうもない事でビービー泣き、風船で遊んでは笑い、夫のつまらない親父ギャグにも笑う日々を過ごしています。息子を見ていて、私が声を出して泣いたのはいつの頃だったかなあと、ふと思ったことがあります。声を出して笑うことはあっても、声を出して泣くことって、おとなには少ないことなのではないでしょうか。息子は、ほんのちょっとしたことでも大きな声で鳴きます。でもすぐ(本当にすぐ)何かのきっかけで笑顔にもどります。ほっペに涙の筋を残しながら・・・。
声を出して泣く時は、周りに自分が悲しい、痛い、辛い気持ちを伝えるための信号なのでしょう。それが伝われば、本人も満足してすぐ次の気持ちにすんなりと切り換えることができるのではないかと思ったのです。
 私が、最後に声を出して泣いたのはいつの頃だったのでしょうか。たしか高校2年の頃だったと思います。中学校時代に不登校をして、その後高校に進学しました。不登校以前は、自分でも気付かないところで、学校でも家庭でも大人の望むイイコちゃんを演じていました。嫌なことも嫌と言えず、回りに合わせようとする私。特に学校の団体行動という息苦しさに必死で合わせようとしていました。合わない集団の中での自分自身の葛藤が不登校という形でやっと表せたのだと、今では思います。しかし、当事は自分の行動が何なのかわからず、一人で部屋で、自責の念に声を殺して泣く夜が続いたことをおぼえています。
 そこから大人の望むイイコちゃんから脱皮して、ありのままの自分でいればいいんだという事を少しずつわかりかけてきました。「学校を利用してやろう」と思い、高校に進学。幸い良い友人に囲まれ、楽しい生活を送れましたが、また回りの期待に応えようとイイコちゃんを抜けきれない自分との葛藤があり、その糸がちょっとしたきっかけで切れてしまったのでしょう。両親の前で声を上げて泣いてしまいました。自分でもこの行動にびっくりしたけど思いを両親に伝えることができて意外に次の日は気持ちがすっきりとしていました。泣かれた両親はかなり驚いたことでしょう。でも不登校の時の経験から、寄り添うことを学び実践してくれたからの出来事だったと思います。
 声を出して泣くことの大切さを息子の行動から思い出すことができました。夫や息子が、声を出して泣きたい時、私はどれだけ寄り添う事ができるのでしょうか。

フリースクール西の平通信30号
(2001年12月21日発行)より
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